お辞儀|カメヤマ酵母

お辞儀

礼儀や常識やマナーにかけていたりとか、距離感を間違えていたりとか、デリカシーにかけていたりとか、人に恥をかかしたりとか、フレンドリーとも違う別の何かになったり、
言葉遣いや言い方が、正しくなかったり、または年下の人や後輩でなくとも、人に失礼な馬鹿にした発言や振る舞いをしていたら、そんな人間らは、冷たく非情にあしらわれて当然だと私は考えます。いや、私でなくても日本人の100人中100人がそう考えるでしょう。

 

例えば、その人にどんな思いや言葉を、与えているか、また、自分がされたらどうなのか、相手の気持ちや立場に立って考えたり発言をするのは大事なことですし、振る舞いや接し方は正しいのかどうか、笠井さんが、相手の人に、それを伝えることが、言われたほうも、聞いた人も嬉しいのかどうか、喜ぶのかどうか、点検し、考える必要があるかも知れませんね!

 

仲の良い友達以外に、タメ口を使ったら馴れ馴れしいとか、思われることもあるでしょうし、

 

例えば、塾の先生が、生徒に敬語を使うのも来客者に敬語を使うのも、大事ですけど、塾の先生が小学生の教え子に話すように、年上の人や先輩や仕事場で、同じように発言したり振る舞ったりしたらそれはよくないでしょうし、

 

時と場合により、または相手によって話し方を変えるのはとても大事ですし、言葉や言い方はすごく大事ですし、言葉や言い方を大事にしてない人は、人の気持ちなんて大事にしてないんじゃないか?とさえ私は、思いますね。言葉が心や人生をつくりますしね!

 

つまりは、思いやりに欠けては人との関係は、うまくいかないと言う事ですね。

 

北野武は、後輩の今田耕司に、20年経ってようやく親しみの表れから、今田と呼び捨てにするようになったらしいですけど、それまでは今田さん、どうもありがとうございましたと90度のお辞儀をしていて、尊敬してきました。

 

年上の人生の先輩は、もちろんのこと、誰からも何かを学ぶ事はあるからと人を尊重して年下の人も敬語で礼儀正しく話す温かい思いやりの心を持った、松下幸之助さんを尊敬していますし、そのほうが自分も相手も心地よくなり、相手が心地よくなれば、自分も、もちろん心地よくなります。人の前を明るくしたら、自分の前が明るく開けると、仏法ではいいます。

 

私も何回か食事に行って仲良くしてもらった年上の先輩が、友達なんだし、6年経ってようやく気軽にタメ口で話してよと言われたのでタメ口で話すことになりましたけどね。

 

その場合は、特に失礼は無いですけど、通常は仲の良い友達でもないのに、舐めているんじゃないか?バカにしてるんじゃないか?と不愉快な思いを与え、口を開くごとに、不愉快な思いを与える話し方や振る舞いをしたら、

 

その人の良いところを伝えるどころか、喜びを伝えるところか、伝えるのは不愉快な思いだけになりますし、そしたら、だいぶその人も損をすることになると思うんですよね。

 

その人に不愉快な思いを与えながら、その人が付き合ってくれたり、食事に応じてくれたりする事はないと思うんですよね、返報性の法則で。
不愉快な思いを与える人がいたら、仕事場だけなら我慢しても、普段の日まで、何故、我慢しないといけないんだと言う理由から、その人がやってきたり付き合ってくれる事はないと思うんですよね。

 

その人が喜ぶことをして、初めて相手が興味や関心を持ってくれると思うんですよね。

 

社会から見た、正しさの追求とか、基本が欠けていたり、礼儀やマナーや常識や基本が欠けていたら、大きなことや、発展も、うまくいかないと企業理念にもありましたけどね。
礼儀や振る舞いを特に大事に教えたのが信仰ですけどね。
普段、親しくなく、その人が願いを叶えてくれたりすることはないようなもんですね。その人のために何かをしたり良いものを与えてなく、むしろ、悪いものを、与えながら、良いものが来たりするなんてことは、、。

 

家庭での基本は、お母さんと話しをして、食事をとり意思の疎通を十分し、お母さんと自分の幸せのため、家のために、貢献することですが、
お母さんにも、傷つけられたわけではないけど、なにかをいい、恩を仇で、返してしまったら、その人が、一番馬鹿をみて、損をし、人生がうまくいかなくなるのは、免れないとも思います。
お母さんに何かを言うのは、お母さんへの不満や訴えの表れかもしれませんけどね。家庭の人間関係が、恋愛、仕事、人生、全てをうまくいかせる、基本ですね。

 

ニート、引きこもりや、非行と、全ては家庭から生まれるので!

 

年上の人の、包み込むような優しさや包容力は、癒しで、人が求める魅力の一つなのは共感しますけどね。その人から良いものを引き出すのも全て自分次第だと思います。

 

むしろ村上さんや恵さんのような振る舞いで、返してくれる人や、注意してくれる人のが、親切かも知れませんね!
私などは、穏やかに振る舞っても、態度に出してないだけで、内心全く違うことを考え、むしろ冷ややかに、厳しい目を向け、人に、注意することもないですからね。
いつか気づくだろう、その人が恥をかけばいいと言う思いからですけどね。

 

笠井さん以外の人だったら、こんなことをわざわざ、手紙に書いて、伝えることもないですよ。

 

他にも職場の人に思う事は、山ほどありますけどね1,000文字ぐらい、言いたい事はありますけど、他の人なら言うこともないですね。

 

 

例えば、プレゼントをその人にあげて、その人が目の前で、誰か、他の人に気に入らないからとあげていたり、早番の人らが、遅番の人に買ってきた、みかんクッキーの、お土産を、センスが悪いとか、パッケージは可愛いけど、おいしくないとか言ってる人が、いましたけど、食べんな、と思いましたし、
みんなが喜ぶだろうと思って、何もしなくていいところ、せっかく三原さんが、買ってきてくれた、心を、踏みにじっていることにもなりますし、
その人は二度と何かしてもらえる事はないでしょうね、つまりその人が損すると言うことです。

 

愚か者らの、発言を、三原さんに、あの人がこう言っていたよーと伝えて、嫌な思いを与えることもありませんけどね。それは愚か者の振る舞いだと思うからです。

 

例えば珍しい味ですねとかそーゆー表現があると思うんです。

 

逆に何回も、おごりたくなるような人や、
何か、しがいのあるような人っていますけど、それは、その人がそういった性格や行動を、しているからですね!

 

 

例えば、自分より年上の人が居る前で、私は、もうおばさんだから、とか、終電間際に、人と一緒に出ないといけない時に、人を待たせながら、
もっと相談したいことがあったのになど、いったりとか、その人が、嫌われたり怒らせるようなことをしていると思うんですよね。

 

年下で、後輩の人が、てゆうかそうじゃなくてーと、言う話し方をしたり、ゴミ捨てたよーとか、もうちょっと頑張ろうーとか、何ヶ月も働いているのに、そんなことも、わからないなんてーと言ってる人たちに、
何年、生きてるんだ?と私は、逆に怒りを覚えました。当然ですよね。

 

その人たちが、誰かにむかついてしょうがないと言っているのを聞きましたけど、その人たちは、誰かにそんな思いを与えてないのか?と思いました。

 

自分より10歳くらい、年下の人に、就職活動の大変さを知っているのかと言われたこともありますし、

 

まぁ、そんな馬鹿げた振る舞いや発言をする人たちの職場は、今後は、辞めようと考えてます。
素晴らしい人たちと働きたいので。
これまで人生で、未熟な馬鹿げた愚かな考えや振る舞いの人には本当に、心労を、きたしてきました。
その人たちには、がつんと注意してやる必要があるんでしょうね。
その人たちは、むしろ、注意されたくて、そんなことをわざと、しているんでしょうね。

 

私の、友達で、髪のうねりを気にしたり、整理整頓を気にしたり、タオルをきちっとたたむことを気にしたり、人にも、注意したりする人が、話し方とか人の気持ちとか、命とか人生に関わるような大事な事は、大事にせず気軽に甘く軽く考えては、中絶したりするんです。
ほんとに本末転倒だなと心労を感じます。

 

その人たちはきっと対向車線をアクセル全開で走っても大丈夫だろうと考えるのでしょう。
高層ビルの屋上から、パラシュートなどつけなくても、きっと空が、飛べるのだろうと事実と違うことを、理由や根拠なく、思いこむのでしょう
芋の弦を、適当に足に巻いてバンジージャンプをしても大丈夫だろうと、思うような人たちなのでしょう。地面に頭を叩きつけろよと思います。
そんな大事なことを大事にせず一体何を大事にするの?と思います。
そんな身勝手な人間が、自分の都合のいいときだけ子供が来て欲しいというんです。頭をトンカチで潰されて五体を、バラバラにされて誰がそんなとこに行くの?と思います。

 

 

まぁその人たちに直接伝える事はなかったですけど、話し方について。
新人の人や年下の人が謙虚で慎ましい態度をとるのは、もちろんのこと、新人の人じゃなくても、大事なことですけどね。

 

私は、何かを教えたり、注意したりすることもないですし、なめられない、バカにされない、頼りになる先輩になるのも大事ですけどね。

 

あとモテないと、言っている人も、その人がそういった考えや発言や振る舞いをしてると思うんですよね、容姿にかかわらず。

 

尊敬してない人に、敬語なんて苦痛だと思う人もいるかもしれませんが、その人の、仏界を礼拝することで、自分も礼拝されると言う事ですね。